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札幌高等裁判所 昭和51年(ラ)11号 決定

抗告人

山下政一

(昭和一八年五月一七日生)

相手方

岡山純子

(昭和四五年一一月二五日生)

右法定代理人親権者母

岡山信子

主文

原審判を取消す。

本件申立を却下する。

抗告費用金一一〇〇円は、岡山信子の負担とする。

理由

一本件抗告の趣旨及び理由は、別紙記載のとおりである。

二よつて審案するに、〈証拠〉によれば、抗告人と岡山信子とは、昭和四三年七月四日離婚し、同四五年一一月二五日相手方(原審申立人)である長女岡山純子をもうけたが、その後夫婦間に不和が生じ、同五〇年六月一三日札幌家庭裁判所において、「抗告人と信子が離婚する。信子は抗告人に離婚の解決金として金九四万二、五〇三円を支払う。純子の親権者を信子と定め、信子において純子を監護養育する。」旨の調定が成立したこと、その際に信子は、右純子の監護養育についての条項につき、抗告人に対し純子の養育費を請求しないと述べ、抗告人は、それを前提として右調停を成立させたものであることが認められる。従つて、右調停成立の際、信子と抗告人との間に、純子の養育費は専ら信子が負担し、抗告人に対してその請求をしない旨の合意が成立したものということができる。

ところで、扶養を受ける権利は、これを処分し得ないものであることは、民法八八一条の明定するところである。従つて右合意によつて信子が純子の法定代理人として、純子の抗告人に対する扶養請求権を放棄したものとは解し得ないから、純子としては、右合意とはかかわりなく、抗告人に対して、扶養請求権を有するものであることはいうまでもない。それゆえ右合意は 信子が抗告人と離婚するに際し、自ら親権者となり純子を引取つて監護、養育するとともに純子の養育費を全額自ら負担することにし、自分の支出負担した養育費について抗告人に対しては一切求償しないことにしたのみならず、若し後日、扶養権利者たる純子から扶養義務者たる抗告人に対して養育費の請求がなされ、抗告人が一定額の養育費を支出し負担するに至つたときは、抗告人の支出負担した養育費については、抗告人からの償還請求に応ずるべきものとし、抗告人に純子の養育費についての経済的負担は一切負わせないという趣旨の扶養義務者間の合意と解するのが相当である。しかして離婚した親の子に対する監護養育に関する民法の諸規定(同法七六六条、八七八参照)の趣旨に鑑みると、右のような扶養義務者間の合意は、特段の事情のない限り、有効なものと考えられるのであるが、かかる合意が存在して、しかも子の養育費を全額負担することを約した親が子の親権者であり、現に幼児たるその子と同居し生活を共にしている場合においては、その経済的生活基準において親子を一体視しうるものであるから、かりに、扶養権利者である子から扶養義務者である他方の親に対し養育費の請求をして、これを支出負担してもらつたとしても、その他方の親が、前示のような合意に基いて、養育費の全部負担を約して子を監護養育している親に対して、その支出負担した養育費の償還を求めるものとすれば、養育費の全部負担を約した親に監護養育されていて、その親と経済的生活基盤を一にしている子にとつては、実質上、なんら益するところがないものといわなければならない。従つて扶養義務者たる親同士の間に前示のような合意が成立したときの前提となつた諸般の事情、就中、扶養権利者たる子の需要の程度や扶養義務者たる親の各資力に変更のない限り、扶養権利者たる親との間及び扶養義務者たる親同士の間の法律関係を簡明直截に決済する趣旨において、扶養権利者たる子から、前示の如き合意においてその子の養育費を全額負担することを約した親でない他方の親に対して扶養請求権を行使することは、できないものと解するのが相当である。しかし扶養義務者たる親同士の間の前示のような合意が成立した後、扶養権利者たる子の扶養需要が増大したり、扶養義務者たる親の一方又は双方の資力に変動を生じたり、その他要するに右合意成立のときに前提となつた諸般の事情に変更が生じた場合は、当事者間の協議でもつて前の合意を取消・変更し、また家庭裁判所がかかる合意を取消・変更しうることのあること勿論であるが、その点はさて措き、扶養義務者たる親同士の間の前記のような合意の存在のゆえに、関係者間の法律関係を簡易直截に決済するという方法をとるときは、扶養権利者たる子の福祉を害する虞があるので、右のような方法をとることは許されないものであること当然であり、従つて右のような場合、扶養権利者たる子は、右合意において養育費負担を約した親と同一経済基準に立つて生活していると否とを問わず、他方の親に対して扶養請求権を行使することができることになるものである。

三そこで、〈証拠〉によると、次の事実を認めることができる。

(一)1  信子は、離婚の調停が成立した当時から現在まで、純子とともに実家の二階(六帖二間)に居住し、札幌営林局に勤務し、その間昭和五〇年六月から同年一一月まで給料、諸手当を含めて合計一〇五万五八九九円の収入を得ているが、他方離婚当時から純子を保育園に預けて保育料として一か月金五、五〇〇円を支払つているほか、実家に対し、信子と純子の食費として一か月金四万円、暖房費として一か年金二万円を支払つていること。

2  抗告人は、離婚当時札幌営林局に勤務し、昭和五〇年六月から同年一一月まで給料・諸手当を含めて合計金一一〇万六、五三七円の収入を得ているが、信子と婚姻中に購入した土地の購入代金の借金の返済金や公租・公課、組合費等を控除すると手取金は一か月金五万円ないし六万円程度であること、その後抗告人は芦別営林署に転勤となり、芦別営林署の公宅に居住しているが、収入、生活状況については離婚当時と比較して大きな変更がないこと。

3  信子は、離婚当時、抗告人と離婚できれば、抗告人に対し慰藉料も子の養育費も請求する意思もなかつたが、その後抗告人から精神的に侮辱されたという感じを抱くようになつたことと母のすすめもあつたため、自己の慰藉料と子の将来の教育費の支払を求める意思で、純子の法定代理人として本件扶養料請求の申立をしたこと。

4  抗告人は、離婚当時、信子が将来純子の養育費を請求しないことを約束しながら、前言をひるがえして、純子の法定代理人として本件扶養料請求の申立をしたことについて、フエアーでないと感じているとともに、真実信子において純子を養育するに足りる経済能力がないとすれば、自ら純子の親権者となつて純子を引取り監護養育するつもりでいること。

(二)  前項認定の事実によれば、離婚当時、信子が抗告人から養育料の支払を受けなければ、自らの収入により純子を監護することが困難な事情にあつたものとは認められず、離婚後一年も経過していない現在においても、純子の生活状況ないし養育費需要や信子または抗告人の収入その他の点で事情変更が生じたとは認められない。のみならず、本件扶養料請求の狙いには、実は信子の抗告人に対する慰藉料を請求するためのものという一面があつて、それが必ずしも純子の養育費を請求するためばかりのものではないことは前判示のとおりである。

以上のとおりであるから、二で説明した理由により、純子の本件扶養料請求の申立については、これを容れる余地はないものといわざるを得ない。

(三)  なお、駄足ではあるが、念のために付言すると、純子の本件扶養料請求の申立が却下されたとしても、今後純子の養育費需要ないし生活状態、信子または抗告人の収入ないし経済状況その他の点で事情の変更が生じた場合には、扶養権利者たる純子は、当然扶養義務者たる抗告人に対し純子の扶養料の支払を求めて協議することが可能であり、また協議が調わないときには家庭裁判所にその旨の申立をして調停あるいは審判によつて扶養料の額を決定してもらうことができる。

四よつて、相手方の本件扶養料請求の申立の一部を認容した原審判は不当であるから、家事審判法七条、非訟事件手続法二五条、民事訴訟法四一四条、三八六条に基づいて、原審判を取消して、相手方の本件扶養料請求の申立を却下することとし、別紙記載の本件抗告費用の負担については、家事審判法七条、非訟事件手続法二八条、二七条を適用して、主文のとおり決定する。

(宮崎富哉 塩崎勤 村田達生)

抗告の趣旨

原審判を取消し、本件を札幌家庭裁判所に差戻すとの裁判を求めます。

抗告の理由

一 本件の発端は相手方の法定代理人親権者母岡山信子の特殊感情による離姻にき因するものであつて、離姻調停の期に、この扶養請求については、充分に話し合れ相方納得ずみであるにもかかわらず離姻調停の書面に明示されていないからと相手方法定代理人親権者母、岡山信子のいしや料的性格である事は当人も本件調停中に認めている。よつてこの審判を受入る分にはいかない。

二 扶養請求に関しては近々婚姻を予定するものであり、現在の親権者母岡山信子に、かわり、岡山純子を引取り、看護、養育する事を望むものである。

抗告費用計算書

一 抗告申立数料     四五〇円

一 抗告申立書々記料    五〇円

一 抗告申立書提出の費用 三五〇円

一 調停調書謄本交付手数料

一〇〇円

一 調停調書謄本の交付を受

けるための費用 一〇〇円

一 調停調書謄本の提出費用 五〇円

合計金一、一〇〇円

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